
借金が返済されなかったり、売掛金が支払われなかったりすると、債権者は民事訴訟などの法的措置によって債権回収を目指す必要があります。
しかし、民事訴訟などの手段によって金銭債権の存在が法的に確定するまでには一定の期間を要します。
民事訴訟手続きなどに対応している間に債務者が不動産を譲渡すると、強制執行段階で差し押さえる財産がなくなり、結果として債権回収を実現できません。
そこで本記事では、金銭債権を有する債権者が債務者の不動産を仮差し押さえする方法、流れについて解説します。
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不動産の仮差し押さえとは? | 判決前に不動産が処分されるのを防ぐ手続き
債務者が売掛金や借金の返済が滞って滞納状態に陥っていたり、債務者の財産状況が著しく悪化したりしていることが明らかな場合、債権者は不動産などの債務者の財産(不動産など)の売却などを一時的に禁止することを裁判所に対して申請することができます。
債権者からの申請を受け、裁判所がその申請に相当な理由があると認めた場合には、裁判所は財産の売却などを当分の間おこなわないよう債務者に対して命じます。
この裁判所による命令を、仮差し押さえといいます(民事保全法20条1項)。
ここでは、不動産の仮差し押さえのメリット・デメリットなどについて解説します。
不動産の仮差し押さえをするメリット
金銭債権を保全するために債務者の不動産を対象に仮差し押さえをすることで、以下に挙げたようなメリットがあります。
- 債権回収前に不動産を処分できなくなる
- 訴訟前に迅速におこなわれるので、債権回収できる可能性が高まる
- 相手方に知らされない
- 債務者へプレッシャーを与えられる
通常、金銭債権に関する民事訴訟は、申し立てをしてから実際に第1回口頭弁論期日が開廷されるまでに1ヵ月以上の期間を要します。
また、最終的に給付判決が確定するまでには、数年の長期間を要するケースも少なくありません。
不動産の仮差し押さえをすれば、この期間中に不動産が勝手に処分されるリスクを大幅に軽減されるので、債権回収の実効性が高まるでしょう。
また、不動産の仮差し押さえ手続きは秘密裡に実施されます。
債務者側に知られずに仮差し押さえが完了するので、手続きに着手する前に不動産を処分されるリスクを回避できます。
さらに、不動産の仮差し押さえは債務者側へのプレッシャーとしても機能します。
「不動産を強制執行で失うくらいなら、今のうちに借金などを返済したほうがメリットは大きいだろう」と債務者側に感じさせることができれば、判決を待つことなく債務の返済が期待できるでしょう。
不動産の仮差し押さえをするデメリット
一方、不動産の仮差し押さえをすることには次のようなデメリットも挙げられます。
- 担保を納める必要がある
- 手続きが複雑
- 必ず債権を回収できるとは限らない
まず、不動産の仮差し押さえをするには、一定額の担保を提供しなければいけません。
担保金は、債権者の主張が裁判で認められず、債務者が不当に損害を被った場合に備えて預けられるものです。
事案の状況によって異なりますが、担保金は債権額の3割程度が目安とされており、手続きが終了するまで現金を預けておく必要があります。
また、不動産の仮差し押さえには複雑な裁判所での手続きをおこなうため、どうしても弁護士へ依頼をせざるを得ません。
提訴の前に差し押えをするので、提訴とは別個に手続に弁護士費用がかかることになります。
さらに、不動産の仮差し押さえは債務者が勝手に不動産を処分する事態は回避できるものの、不動産に対して優先的に取り立てる権利が生じるわけではありません。
たとえば、抵当権のような担保権であれば債務者が破産した場合であっても、ほかの債権者よりも優先して該当する財産から債権回収をおこなうことが可能です。
一方、仮差し押さえにはそのような優先権がないため、債務者がほかにも複数の債権者を抱えていたときには、ほかの債権者と平等な立場で弁済を受けることができるにとどまります。
債務者が破産すると、仮差し押えの費用と労力が無駄になりかねないため、債務者の財産状況を見極めながら慎重に手続きをおこなう必要があります。
不動産の仮差し押さえを検討するべきケース
金銭債権を有する人物が不動産に対する仮差し押さえをできるのは、「金銭の支払いを目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、または強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるとき」に限られるとされています(民事保全法第20条第1項)。
不動産の仮差し押さえの要件やメリット・デメリットを踏まえると、債務者の所有する不動産に対して仮差し押さえを実行するべきケースとして、以下の事例が挙げられます。
- 債務者が自分の所有する不動産を売却するなどして、債権回収の邪魔をしそうな状況にあると判断できるとき
- 金銭債権の債務者が不動産以外にほとんど金銭的価値のある財産を所有しておらず、当該不動産が散逸すると、金銭債権を回収するのが困難になると予想されるとき
- 債務者の所有する不動産を競売すれば金銭債権を回収できる可能性が高いとき
- ほかの債権者が存在しないとき、または、ほかの債権者の金銭債権を合算しても不動産の金銭的価値を上回らないとき
不動産の仮差し押さえ手続きの流れ
ここでは、不動産の仮差し押さえ手続きの流れを解説します。
1.裁判所へ申し立て
不動産の仮差し押さえ手続きは、裁判所に対して「仮差押申立書」を申し立てることからスタートします(民事保全法第2条第1項)。
不動産の仮差し押さえを申し立てるタイミングは、金銭債権の訴えを提起する前後どちらでも問題ありません。
申し立ての際には、「申し立ての趣旨」「保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性」を明らかにしなければいけません(民事保全法第13条第1項)。
なお、申し立てをするときの必要書類や管轄裁判所については後述します。
2.裁判官との面接
不動産の仮差し押さえの申し立て後、裁判所で審理が実施されます。
訴訟手続と違い、民事保全手続では口頭弁論を開く必要がないとされています(民事保全法第3条)。
そのため、多くは不動産の仮差し押さえに関する審理は書面でおこなわれます。
ただし、裁判官との面接を行っている裁判所もあり、東京地裁では全件裁判官面接が行われます。
3.担保金の決定
審理の結果、不動産の仮差し押さえ決定が下されるときには通常、金銭債権の債権者側は、担保を立てることを要求されます(民事保全法第14条第1項)。
これは、民事保全によって債務者が受けるかもしれない損害を担保する趣旨に基づきます。
担保金の金額は個別のケースごとに裁判所が決定します。
実務上、不動産の仮差し押さえで、かつ被保全債権が貸金債権などの金銭債権である場合には、仮差し押さえの目的不動産の価額の10%~30%程度が担保金の目安となります。
4.法務局にて供託手続
裁判所から担保金を示されたときには、通常7日以内に法務局で供託手続を済ませなければいけません。
担保金は現金で供託する必要があります。
そのため、不動産の仮差し押さえを検討した段階で、供託資金を事前に用意しておくことが必要です。
5.裁判所に立担保証明書を提出する
担保金を供託した場合、法務局から供託証明書が交付されます。
この供託証明書を裁判所へ提出することで、裁判所から示された担保金の供託が済んだことを証明できます。
裁判所へ提出する書類
裁判所に対して立担保証明をする際に必要な書類は以下のとおりです。
- 供託書とその写し
- 当事者目録
- 請求債権目録
- 物件目録
- 登記権利者・義務者目録
- 登録免許税用の収入印紙(請求債権額 × 4 ÷ 1,000円)
- 仮差押命令を送達するための郵便切手(金額は裁判所によって異なります)
弁護士に依頼をすれば、これら提出書類も全て用意してもらえます。
6.裁判所より仮差押決定が発令される
立担保証明が終了すれば、裁判所が不動産の仮差し押さえについて決定を下します。
保全命令の申立ての決定については「理由」を付されるのが一般的ですが、口頭弁論を経ずに決定が下されたときには「理由の要旨」が示されるにとどまります(民事保全法第16条)。
7.仮差し押さえの執行
裁判所が下した不動産に対する仮差し押さえの決定に基づき、仮差し押さえが執行されます。
不動産に対する仮差し押さえの執行は、仮差し押さえの登記をする方法、強制管理の方法、登記と強制管理を併用する方法に区別されます(民事保全法第47条第1項)。
ただし、実務上は、債務者名義の不動産登記に仮差し押さえ登記が付される方法が選択されるのが一般的です。
仮差し押さえの登記手続きは裁判所書記官が行います(民事保全法第47条第3項)。
不動産登記に仮差し押さえされた旨が登録されるので、債務者側は自由に当該不動産を処分できなくなります。
また、仮に債務者側が第三者に譲渡をしたとしても、登記簿上に仮差し押さえの旨が登録されている以上、金銭債権の債権者は当該第三者に対して仮差し押さえの効力を主張できます。
不動産の仮差し押さえの申し立て方法
ここでは、不動産の仮差し押さえを裁判所に申し立てるときの方法について解説します。
申し立てに必要な書類
不動産の仮差し押さえを裁判所へ申し立てるときに必要な書類は、以下のとおりです。
- 申立書
- 申立手数料(収入印紙):原則として1件につき2,000円
- 当事者の資格証明書(証明日が3か月以内のもの)
- 不動産登記事項証明書(全部証明、証明日が1ヵ月以内のもの)
- 固定資産評価証明書(最新のもの)
- 証拠・疎明資料の写し(契約書、内容証明郵便、陳述書など)
- 郵便切手 など
必要書類の提出先
不動産の仮差し押さえを申し立てる管轄裁判所は、本案の管轄裁判所、または仮に差し押さえるべき物・係争物の所在地を管轄する地方裁判所です(民事保全法第12条第1項)。
管轄裁判所の連絡先などは、裁判所ホームページ内「裁判所の管轄区域」を確認してください。
不動産の担保金額の目安と供託方法
不動産の仮差し押さえの決定を得るためには、裁判所から示された担保金を法務局に納付しなければいけません。
ここでは、担保金額の目安と供託方法について解説します。
担保金額の目安
民事保全手続きにおいて、仮差し押さえ時に債権者に担保金を供託させるか否かは裁判所の決定事項であり、事案によっては担保金の供託が命じられない可能性もあります(民事保全法第14条)。
ただし、民事保全実務では大半の事案で債権者に担保金の供託が指示されるのが一般的です。
そして、不動産の仮差し押さえについては、以下の担保金額が目安とされます。
- 被保全債権が貸金・賃料・売買代金:不動産価額の10%~25%程度
- 被保全債権が交通事故損害賠償請求債権:不動産価額の5%~15%程度
- 被保全債権が交通事故以外の損害賠償請求権:不動産価額の15%~30%程度
なお、仮差し押さえ対象の不動産価額は、固定資産評価額・路線価・近隣地価公示価格・直近取引事例などの資料を前提に裁判所が判断します。
また、担保金額は、事案の個別事情、債権者の収入や資産状況などが総合的に考慮されて決定されるのが実情です。
不動産の仮差し押さえを検討している債権者にとっては、供託できない担保金額を指定されると仮差し押さえ手続き自体を進めることができなくなるので、弁護士に事案の事情を丁寧に疎明してもらったうえで、少しでも有利な担保金条件を引き出すように尽力してもらいましょう。
担保金を供託する方法
ここでは、不動産の仮差し押さえをめぐって要求される担保金の供託方法について解説します。
供託に必要な書類
供託時に必要とされる書類は以下のとおりです。
- 供託書
- 資格証明書
- 委任状(弁護士が供託をする場合)
- 郵便切手
法務局の窓口で供託をする場合には現金を用意する必要がありますが、オンライン供託手続き・電子納付の方法も整備されています。
詳しくは、供託予定先の法務局まで問い合わせをしてください。
供託先法務局
供託金は、管轄裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄区域内の供託所(法務局)です(民事保全法第4条)。
法務局の連絡先・住所などについては、法務省ホームページ内「登記管轄一覧表・供託所一覧表」より確認してください。
供託金を納める方法
供託金の納付方法は以下のとおりです。
- ペイジーによる電子納付:供託申請後、申請者に通知される「受理決定通知書」に掲載されている電子納付用番号を利用し、ATMやネットバンキングから電子納付する
- 振込方式による納付:供託所から交付される「振込依頼書」を各金融機関の窓口で使用する
- 現金による納付:法務局、地方法務局本局、東京法務局八王子市局、福岡法務局北九州支局については窓口で現金での納付が可能。その他の供託所については、日本銀行本支店または代理店に供託金を現金納付可能。
いずれの納付方法を選択するとしても、不動産の仮差し押さえを申し立てた債権者は、裁判所から指定されただけの供託金を用意しなければいけないことに変わりはありません。
不動産の仮差し押さえ申立てから決定までは最短数日程度なので、民事保全を検討しているのであれば、検討段階からある程度まとまった資金を用意しておくことをおすすめします。
不動産の仮差し押さえについてよくある質問
最後に、不動産の仮差し押さえを検討している債権者からよく寄せられる質問をQ&A形式で紹介します。
法務局に供託した担保金は返してもらえますか?
基本的に法務局に供託した担保金は返還してもらえます。
取戻請求時に必要な書類は、以下のとおりです。
- 供託金払渡請求書
- 供託が錯誤であることを証明する書面
- 供託原因が消滅したことを証明する書面
- 印鑑証明書
- 資格証明書
- 代理権限証書
- 相続関係証明書
- 変更証明書、不在住・不在籍証明書
なお、供託金の払渡請求は、インターネットを利用しておこなうことも可能です。
法務省ホームページ内「オンラインによる供託手続」から確認してください。
対象不動産が収益不動産である場合はどうなりますか?
仮差し押さえの対象になる債務者の不動産が収益不動産(アパート、マンション、駐車場など)である場合には、仮差し押さえ登記の方法ではなく、強制管理の方法で仮差し押さえをすることも可能です。
強制管理とは、対象となる収益不動産を差し押さて管理人に管理させ、当該収益不動産から得られた収益を金銭債権に充てることを目的とした執行方法をいいます。
ただし、2003年の法改正により担保不動産収益執行が導入されて以降、担保権者による担保不動産収益執行が強制管理に優先することから、強制管理を利用するケースはほとんどありません。
対象不動産に抵当権が付いている場合はどうなりますか?
不動産に対する仮差し押さえと抵当権が競合する場合には、優先順位に注意が必要です。
まず、抵当権設定登記が仮差し押さえの登記よりも先にされている場合には、抵当権が仮差し押さえよりも優先されます。
抵当権者は、元本・利息・遅延損害金のうち、通算して最後の2年間について優先的な配当を受けることができます(民法第375条第1項・第2項)。
一方、仮差し押さえの登記の後に抵当権設定登記がなされた場合には、仮差し押さえのほうが優先されます。
抵当権が設定されていなければ不動産価額から債権回収できる可能性が高まる一方、抵当権が設定されていると債権を満額回収できないリスクが生じるので注意が必要です。
仮差し押さえ後に債務者が破産した場合はどうなりますか?
仮差し押さえをしたあとに債務者の破産手続きが開始されると、仮差し押さえは破産財団との関係で無効と扱われます。
その結果、債権者は「破産債権者」として破産手続きに参加できるにとどまります。
そのため、債務者の経済事情がひっ迫しており、近い将来自己破産を申し立てそうな気配があるときには、できるだけ早いタイミングで債務名義を取得して強制執行をかけるか、早期に債務者との間で示談交渉をおこない、分割払いなどによって少しでも債権回収を目指す必要があるでしょう。
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